ことわざ覚(おぼ)えたい度(ど)星(ほし)の目安(めやす)

門前(もんぜん)の小僧(こぞう)習(なら)わぬ経(きょう)を読(よ)む

もんぜんのこぞうならわぬきょうをよむ

ひとことでいうと

普段(ふだん)から見聞きするうちに、教わらずとも自然(しぜん)に覚(おぼ)える。

詳(くわ)しい意味(いみ)

「小僧(こぞう)」は寺で働(はたら)く少年、「経(きょう)」は仏(ほとけ)の教えを記したものです。寺のそばで経(きょう)を聞くうちに覚(おぼ)えるように、身近(みぢか)で見聞きすることは自然(しぜん)に身(み)につくという意味(いみ)です。わざわざ習(なら)わずに覚(おぼ)えた人について使(つか)います。

たとえばこんなこと

  1. 兄が毎日、英語(えいご)の歌を練習(れんしゅう)していた。そばで遊(あそ)んでいた妹も、教わっていないのに、同じ歌を口ずさむようになった。

  2. 父は家で自転車(じてんしゃ)の部品(ぶひん)を手入れしている。いつも横(よこ)で見ていた弟は、習(なら)ったこともないのに、部品(ぶひん)の名前を次々(つぎつぎ)に答えた。

  3. 姉は、祖母(そぼ)が客(きゃく)に出すお茶を毎回、横(よこ)で見ていた。ある日、頼(たの)まれると、教わらなくても道具(どうぐ)をそろえ、いつもの順(じゅん)でいれられた。

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同(おな)じテーマでも、伝(つた)えていることはさまざまです。意味(いみ)の違(ちが)いも見(み)比(くら)べてみましょう。